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競歩の話題・歴史など書きました
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 先週の日本選手権女子20km競歩(神戸)で
ついに1時間30分の壁が破られた。
世界でも上位にランクIN可能なタイムだ。

 その壁を突破したのが竜谷大の渕瀬真寿美選手。
2年生ながら、日本インカレ2連覇、20kmでも昨年の輪島で1時間33分台をマーク。
今後の成長が非常に楽しみの選手だ。
また、3位までが従来のの日本記録を上回り、
4位の前日本記録保持者となった川崎選手も
自己記録に迫っており、層の厚みを感じさせる。

 
 日本の女子20kmの歴史を紐解いてみると、
初めて導入されたのが98年9月の根上大会(1時間38分)。
翌高畠大会、神戸と早くも1時間33分台がマークされ(98年世界ランク13位)、
その後の若手選手の台頭を考えると、30分突破はすぐにでもと思われた。

 当時、女子競歩界をリードしていたのが
三森由佳・理恵の姉妹コンビ。姉の由佳選手は96年アトランタ五輪代表。
妹の理恵選手は97年W杯代表、98年アジア大会銀メダル(10000mW)。
現在もなお3種目の日本記録を2選手が所持している(5km、10km、10000m)。

 98年、99年の1時間33分台はこの姉妹によって出されたタイムである。
両選手とも10kmでも好タイムをマークしていたが、
早い段階から20kmに照準をあわせたトレーニングを行なっており、
争い如何では30分突破に迫るタイムも期待されていた。

 ところがすぐに希望は崩れ去ってしまう。
妹の理恵選手が99年に入って、足の故障で戦々離脱。
理恵選手にとって、結果的にこの故障は選手生命を絶ってしまうものだった。

 好敵手を失った女子競歩界は、全体的に精細を欠き、
2000年のシドニー五輪では代表選手を輩出できなかった。
その年、二階堂香織選手によって32分台に突入するが、
川崎真裕美による31分台突入はそれから4年の歳月を要した。


 今回、3年ぶりの日本記録更新が1時間29分台。
世界的に見ても、30分を切ってくれば上位が見えてくる。
アジアトップを走る中国も、来年の北京五輪を控えている割に
ここ数年低迷している感がある。
もちろん、常時タイムを出していく必要があってこその世界だが
渕瀬選手を初め、今後如何では十分に台頭のチャンスだ。

 これまで層の薄かった(選手数が少ない)女子競歩界にとって
明るいニュースである。


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プロフィール
HN:
rawk
性別:
男性
職業:
IT業
趣味:
競歩
自己紹介:
競技暦11年

国際大会、歴史などさまざまな話題を時には楽しく、時には辛口に週一ペースで書いていく予定です。

内容は私個人の見解を書いています。

日本競歩界の見解ではありません。
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